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十日夜と三の月 [かわうそ@暦]

□十日夜と三の月
 今日は旧暦の十月十日。十日夜(とおかんや)と呼ばれる日です。この日には「十日夜」という行事の行われていました(十日夜に「十日夜」という行事があるのは当たり前か・・・)。十日夜はどちらかというと東日本で多く行われていた行事です。藁鉄砲で地面を打ってもぐらの害を払うとか、大根の背が伸びて肥え太るのを祈るとか、どちらかというと作物の豊穣を祈る民間行事という性格が強い行事です。十日夜の日には、田の作神が一年の里での勤めを終えて山に帰る日だと考えられていました(稲の刈り取りはこの日までには済ませてしまわねばならないと考えられていました)。田の神が山に帰るその道筋にいると、蹴散らされ、災いがあると考えられたので、この日には田んぼや山に足を踏み入れるのを忌む風習が各地にありました。また一方では、この日は「大根の年とり」ともいい、この夜一夜で大根が大きくなるといわれます。この日には大根の畑に足を踏み入れないという禁忌がありますが、その逆にこの日に大根の豊作を願って大根畑にぼた餅を埋める地域もあります(「ふるさと東京民俗歳時記」の田無市(現西東京市)の風俗)。一見するとまったく逆のことのように思えますが、どちらもこの日に正月の神供に欠かせない大根に、神霊が宿る日と考えたことから生まれた行事と考えられます。十日夜には、神様は大根畑に在り? なんですね。

◇十日夜と亥子
 この東日本の十日夜の行事によく似た行事に「亥子」(いのこ)あるいは、「玄猪」(げんちょ)と呼ばれる行事があります。こちらは、西日本を中心とした行事です。その日取りは十月(亥の月)の亥の日となっています。この日には田に足を踏み入れるのを忌むことや、子供達が藁鉄砲で地面を打つことが行われることなど、その内容も十日夜とよく似ています。こんなによく似た行事ですし、行われる時期もほぼ一致していることから、関東などでは両方の行事が交錯しているようです。例えば埼玉県川越市付近では、旧暦の十月十日を「十日夜」とも「田の亥子」ともよんでいたようです。

◇三の月
 こうした行事の他にこの日の月を「十日夜の月」と呼び、中秋の名月の十五夜の月、後の月の十三夜の月に並ぶ三の月として、お月見の対象とされることもあります。「中秋の名月」「後の月」に並ぶと書いてしまいましたが、これはちょっと言い過ぎ。前述の二つの名月に比べると三の月の影(光?)は大分薄く、あまり三の月の月見の話は知られていません。それでも、長野県北安曇郡では、十日夜の月を「稲の月見」と呼び、この夜の月見と中秋の月見、後の月見とを合わせて三月見と言うそうです。この日には、お月様と田んぼの案山子に餅一ずつ供えるのだとか。「稲の月見」は、もしかしたら刈り上げられ、稲架に掛けられた稲が月を眺めるということからでしょうか。それにしても、お供え物が「餅一つ」とは、少々さみしい気がしますね。さて、稲の月見ではなくて、人の月見を考えると、この三番目の月見はちょっと辛いです。だって、寒いですから。それでも、この時期の空は澄んでいますから、お月様の光は冴えています。防寒対策をバッチリ行って、冴え冴えとした初冬の月見もよいかもしれませんね。ただ、中秋の名月、後の月の頃と比べると、夜はぐっと冷えるようになりましたので、三の月を眺める際には、くれぐれも暖かい格好で。(「2019/11/06 号 (No.4785)」の抜粋文)
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