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【佞人】(ねいじん) [かわうそ@暦]

【佞人】(ねいじん)
 (→)佞者に同じ。

 【佞者】(ねいしゃ)
  佞奸な人。へつらう人。佞人。
   《広辞苑・第六版》

 言葉の中には、本来の意味から大きく外れて使われるようになったものがあります。本日登場した佞人の「佞」もそうした言葉の一つです。佞(ねい)はそれ一文字でも「口先がうまく、人にへつらうこと。口先はうまいが心はねじけていること。また、そういう人。」という意味があり、好ましくない行いやそうした行いをする人を指してつかいます。

◇不佞 ・・・ 謙遜して使う言葉
 この「佞」の文字を使った言葉に「不佞(ふねい)」というものがあります。こちらは才知が乏しいという意味で、自分自身を謙遜して使う言葉として使います(使われないかな?)。不佞は「佞でない」ことですから「佞」が最初に揚げたように悪い意味の言葉であれば、それを否定した「佞でない」ことは良いことになり、謙遜して使う言葉とはならないはずです。この謎は漢和辞典で「佞」を引くと分かります。漢和辞典を引くと

   才能がある。賢い。

 と言う意味がこの文字にあることが分かります。佞が「才能がある」という意味なので「佞でない」といえば才知が無いという意味になり、謙遜して使える言葉となるわけです。

◇「佞」の意味の変化
 この佞は、本来は「優しい言葉、思いやりのある言葉」を指す文字で、そうした思いやりのある言葉を適切に使うことが出来る人は才能がある、賢い人だという意味になりました。この説明のとおりなら「佞人」は才能のある人、賢い人という良い意味の言葉だったはずです。ではなぜ今の佞人は悪い意味で使われるのでしょう。優しい言葉、思いやりのある言葉は、それを聴く者にとっては耳に心地よく、そうした心地よい言葉をかけてくれる人、つまり「佞人」には好意を持ってしまうのが人の情。この「聴く者」が権力を持つ者であれば、佞人は好意を持たれ、重用される可能性が高くなります。こうなると本来は心から出た優しい言葉、思いやりのある言葉「佞」が、権力者に取り入るための道具に堕してしまいます。そしてその道具を操る人、佞人が「へつらう人」という悪い意味で使われるようになってしまったわけです。

◇現在の佞人、佞者
 昔であれば国の最高権力者は皇帝、王、君主といった人達でしたが、現在の日本は主権を国民が持つ国です。権力(主権)を持つ者が変わったわけですから、佞人、佞者が取り入る相手もこれに応じて変わります。選挙の度に立候補者は皆「国民のため」という言葉を口にします。この耳に優しい言葉を発する人達の中に現在の佞人、佞者が混じっているのでは。昔の名君と呼ばれた人達が、佞人を遠ざけたように、現在は私たちが奸佞の人を見分け、その言に惑わされないようにしなければなりません。(「2021/07/05 号 (No.5392)」の抜粋文)
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