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ユリ(百合)! [ヘッダー画像]

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2023.06.20撮影
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茅の輪くぐり [かわうそ@暦]

□茅の輪くぐり
 夏至を過ぎて、六月も終盤にさしかかってまいりましたので、六月最後の日に行われる夏越し祓(なごしのはらえ)に登場する「茅の輪」についての話を採り上げルことにします。夏越の祓というお祓い行事は六月の最後の日に行われます。この夏越の祓は年末の大晦日に行われる大祓と対をなすもので、ちょうど半年離れたところにあります。旧暦時代は六月は夏の終わり、晩夏の月でした。夏の終わりである六月晦日とその翌日の七月朔日は暦の上では夏から秋への切り替えの日で、この夏の最後の日にそれまで半年間の罪障、穢れを祓うというのがこの祓え行事の意味だと考えられます。六月に行われる祓えなので「水無月の祓」とも言われました。また、この行事には本日採り上げる茅の輪くぐりが行われることから輪越の祓と呼ばれることもあります。

◇茅の輪の由来
 夏越の祓には「茅の輪」と呼ばれる茅(ちがや)や、真菰(まこも)、蒲の穂を束ねて作った大きな輪を神社の鳥居や拝殿に据えて、これをくぐる行事が行われます。この輪をくぐることによって災厄や疫病から免れることが出来ると言われています。この茅の輪の由来とされるのは備後風土記にあった(逸文)とされるにある「蘇民将来(そみんしょうらい)」の故事です。ある村に蘇民将来と巨旦将来という兄弟が住んでいました。弟の巨旦将来は富裕でしたが兄の蘇民将来は貧乏でした(このあたり、ありがちな物語の設定です)。さてある夜のこと、武塔(むとう)の神という正体のわからない神様が旅の途中にこの村を通りかかり、そこで一夜の宿を請うたところ、裕福な巨旦将来はこれを断り、貧乏な蘇民将来はこれを受け入れ、この神をもてなしました(これもなんだかありがちな設定・・・)。さて、旅の帰り道に再び武塔の神はこの村に立ち寄り、宿を貸してくれた蘇民将来に自分がスサノオであると名乗り、この村に疫病が拡がり人々が死ぬであろうと伝えます。そしてお前とお前の子孫はこの災厄を免れるだろう。お前の子孫には目印として腰に「茅の輪」をつけさせよ。と言って立ち去ります。そしてその言葉通り、村の人々は茅の輪を腰に付けたものを残して人々は疫病で死んでしまったそうです。それ以来、この茅の輪は疫病を避ける呪いの品となりました。長野県では茅の輪ではなくて、蘇民将来子孫という札を玄関にかける場合もあります。茅の輪も蘇民将来札もどちらも私は疫病を免れると約束された蘇民将来の子孫ですということを主張しているわけです。蘇民将来がこの様子を見たら、自分の子孫(を名乗る人)のあまりの多さにビックリするかも知れませんね。ここ数年は、新しい疫病(あれですよ、あれ)によっていろいろと大変でしたから、今後こんなことが起こらないように、茅の輪の霊力に頼りましょうかね?

◇閏六月のあった頃
 さて余談ですが、旧暦時代には閏月がありました。「夏越の祓は六月晦日、夏の最後の日に行われる」と言いましたが、もし閏六月があったらどうしましょう?この「閏月」のあった昔にもやはりこれに人々は悩んだようで、これに対して専門家(陰陽師)に尋ねたところ夏越の祓は夏の終わりの日祓えなのだから、閏月であっても六月は六月であり、夏の内であるから閏六月に行うべきだと返答を受けたという話があります(「吾妻鏡」にあるそうですが元の文章を読んでいません。孫引きです。すみません・・・)。余分なもの(閏月)があると、余計な心配事が増える例でしょうか。さて、今年も間もなく夏越しの祓。先日どこかの神社で茅の輪が据え付けられたというニュースがテレビに流れていました。この週末も、きっと蘇民将来の子孫を名乗る大勢の人々があの茅の輪をくぐり抜けているのでしょう。茅の輪の霊力を持って、流行病を退散させて、今年は「当たり前の年」になるといいなと思います。

                          (「2023/06/25 号 (No.6112) 」の抜粋文)
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