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雛祭りに菱餅の話 [かわうそ@暦]

■雛祭りに菱餅の話
 本日は 3/3。雛祭り(正式には「上巳の節供」)の日ですので、昨日に引き続きになりますが雛祭り関係の話を採り上げてみます。昨日は雛祭りにつきものの節供植物が元々は桃じゃなくて蘭(藤袴)だったという本流ではない話でした。本日も「引き続き」と言うことで、これまた本流とはいえない雛祭りの話、菱餅の話です。

◇菱餅の色は三色?
 現在、雛祭りにつきものの菱餅といえば、大体三色と相場が決まっているようです。地方によっては、四色とか五色もあるそうですが、ここではよく見かける三色の菱餅から話を進めます。お雛様の飾り付けとして欠かせない存在である三色の菱餅。皆さんもきっと今年も何処かでご覧になっていることでしょう。この三色って何色だったか思い出せますか?

   紅・白・緑

 というのが大体定番の三色。おそらく「紅」は桃の花を、「白」は雪を、「緑」は草を表しているのでしょう。冬が終わって草が育ち、花が咲く季節のお供え物としてはぴったりのように思えます。雛祭りの菱餅は三色が、昔からの伝統かななんて思っていたのですが、調べてみると意外や意外、菱餅が三色になったのは明治に入った頃だとかで、それほど長い歴史があるわけでは無いようです。

◇昔は二色
 では、三色の菱餅になる以前は何色かと調べてみると、これは白と緑の二色だったようです。
 白は普通の白い餅。緑は草餅の色です。この二色の餅を、

   草餅・白い餅・草餅

 と三枚合わせに重ねたものが雛祭りの菱餅でした。草餅は別名よもぎ餅とも呼ばれるように、現在この緑の色を出すものはよもぎです。よもぎは邪を祓う植物とされています(端午の節供などでも登場します)から、よもぎ餅を供えることには邪気を祓うという意味がありそうです。

◇草餅の草は、ハハコグサ
 この邪を祓う植物を入れて草餅を作るということ自体は不思議ではないのですが中に入れる邪を祓う植物は昔から蓬だったわけではありませんでした。当初入れられていた草は母子草(ハハコグサ)であったといわれます。母子草とは春の七草の中にある「御形(ゴギョウ)」のことです。本日の「今日の記念日」の上巳の節供(雛祭りのこと)の解説で、上巳の日に川で身を清め不浄を祓う習慣があり、これが平安時代に日本に取り入れられた。後に紙で小さな人の形(形代)を作ってそれに穢れを移し川や海に流して不浄を祓うようになった。とあるように、雛祭りの日には不浄を洗い流すため海や河に出掛けたのですが、そうして出掛けた場所で草餅に使う母子草を摘んで帰ったのでしょう。後世、母子草を入れて撞いた草餅は「母」と「子」を撞くかのようで縁起がよくないと考えられるようになり、何時しか母子草に代わって蓬が草餅の中に入るようになったようです。

◇菱餅の形
 色の話の後は形の話。なぜ雛祭りに備えられる餅が菱形か。丸だってよさそうですが、雛祭りに飾られる餅は「菱餅」です。これにはこれの歴とした理由があります。菱餅の四角い形は、大地をかたどったものなのです。中国古代の伝説では、天は丸く大地は四角いものと考えられていました。そして天は男子の徳、地は女性の徳を持ったもの(天皇陛下の誕生日を天長節、皇后様の誕生日を地久節と呼ぶのもこの考えから)と考えましたので、女児の節供である雛祭りの餅は、女性の徳をもった大地をかたどって菱形に作るのだそうです。ちなみに端午の節供に作る粽は、天をかたどって丸く作る事になります(粽が「丸い」? には少々違和感がありますけど)。

◇大きさ
 菱餅の色や形について書いてきたついでに大きさの話です。今の菱餅は精々普通の食べるお餅くらいのサイズですが、江戸時代後期には長さが一尺(約30cm)もあるものが作られていたとか。女児が生まれると、その年の三月三日の節供には、このサイズの緑・白・緑の三段重ねの菱餅を女児の出産を祝ってくれた親戚や親しい人たちに配ったそうです。この「長さ一尺」が菱餅の一辺の長さなのか、対角線の長さなのかはちょっとわからなかった(わかったら何かの機会にまた書きます)のですが、一辺の長さにせよ対角線の長さにせよ、随分大きなものだったようです。これだけ有れば、食べではありますね・・・。本日は雛祭りと言うことで、そのお供え物の定番である菱餅の話でした。お供えの餅の色や形の一つ一つにも、色んな意味があるものですね。まあ、餅好きの私としては、お下がりの菱餅を食べさせていただければそれで結構なのですけれど。

                          (「2024/03/03 号 (No.6364) 」の抜粋文)
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