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太陰暦の日付と月の呼び名 [かわうそ@暦]

□太陰暦の日付と月の呼び名
 月の満ち欠けを利用して日を数える暦を太陰暦といいます。日本が明治 5年まで使っていた暦(旧暦)もこの太陰暦の流れを汲む暦でした。この暦は正確には太陰太陽暦と呼ばれるもので、一年の平均の長さを太陽の一回りの周期に一致させるための仕組みを組み込んだ太陰暦でした。太陰暦にせよ、日本の旧暦のような太陰太陽暦にせよ、暦月の区切り自体は月の満ち欠けにあわせていましたから、一月の間の日数などを見る限りではどちらにも差は無いと考えることが出来ます。今日の話は、この一月の日並みと月の呼び名の関係についての話なので、太陰太陽暦も太陰暦と一括りにして呼ぶことにします。

◇三日月、十五夜・・・太陰暦の日並みと月の呼び名
 日本を始め、中国に源を発する東洋の太陰暦は朔(新月のこと。暦の話では新月を朔と呼び、朔となる瞬間を含む日を「朔日」と書きます)の日を一月の最初の日として数え始めます。つまり

   朔日 = 一日

 となります。このため「朔日」も「一日」もどちらも同じ読み「ついたち」と読むようになりました。この朔日を最初として、あとは順に二日、三日、四日と数えてゆきます。さてこんな風に太陰暦ではその日並みは新月の日を基準に数えるわけですから暦の日並みと月の形とは密接に関係することがわかります。そのためいつしか暦の日並みによって月の形を表す言葉が生まれました。

  三日月、十三夜月、十五夜月、二十三夜月、二十六夜月

 といった具合です(一般には「十五夜月」等と言わず「十五夜」だけで済みます)。三日月といえば太陰暦の三日の夕べに見える細い月のことです。

◇日付が変わっても「十五夜」?
 「太陰暦の三日の夕べに見える月は三日月」というのはとってもわかりやすいのですが、では十五夜の月は?太陰暦の十五日の月に決まっているじゃないですか、では太陰暦十五日の月を考えてみましょう。この頃の月はほぼ満月で、夕方に東の空から昇ってきます。今日(2023/08/20)からいちばん近い太陰暦十五日は8/30(旧暦7/15)となります。この日の月の出を調べると 18:17でした。確かに夕方に昇ってくることがわかります(計算地は、京都としました)。まあ、月の出は確かに太陰暦15日でしたから十五夜でいいのでしょうけれどではこの日の24時を回ってしまって日付が16日に変わったら? 十五夜の月が十六夜の月と名を変えるでしょうか。おそらくそんな使い方はせず、日付が変わっても十五日の晩に昇った月は、その月が沈むまで十五夜の月と呼ばれるはずです。ちなみに例とした「十五夜月」が沈む日時は昇った日の翌日8/31日の5:10となります。よくある誤解に「太陰暦の時代の一日の始まりは夜明けだった」というものがあります。確かにこの考えが正しければ、十五夜の月が翌日の明け方に沈んでも「十五日の月」と言えるのですが、この考え自体が間違いですから、説明にはなりません。暦の上での日付の変更は平安の昔からずっと「正子」、つまり現在の時刻で言えば午前 0時で、時刻の決定方法の細かな違いを考えなければ、現在と変わるものではありません。こう考えると、「十五夜月」とは「十五日に昇った月」と考えるべきなのでしょう。

◇二十六夜月は?
 十五夜月は太陰暦の十五日に昇った月と考えれば、何となく納得出来るのですが、二十六夜月などを考えるとさらに問題が発生します。二十六夜の月というと、明け方の東の空に昇る細い月。明け方に昇る三日月といった感じの月です。現在はこんな時刻にわざわざ月を見ようという人は少ないでしょうが、昔はこの二十六夜の月の出をわざわざ待って、拝するという行事があり、二十六夜待ちとか、二十六夜講などと呼ばれました。では、この二十六夜の月はいつの月でしょうか。十五夜月を考えたように太陰暦の二十六日に昇る月に決まっていいるじゃないか。次の太陰暦二十六日というと、9/10となります。この日の月の出を調べると0:39がその月となります。ちょうど日付が変わったところでの際どいタイミングでしたが、まあ太陰暦の26日の月の出ですから、これが二十六夜月の出?何か変ですね。

◇二十六夜月の問題
 太陰暦26日の日に昇った月をそのまま「二十六夜月」とすると困る問題、それはその月が朔(新月)から数えて何番目の月かという問題です。ある月を眺めていて「次の日の月」といった場合私たちはどんな風に月を数えるでしょうか。おそらく多くの方は今見ている月が沈んで、次に昇ってきた月を次の日の月と考えるのではないかと思います。太陽にせよ星にせよみな、昇っては沈み、沈んでは再び昇るという動きを続けますからこの「昇っては沈み」というサイクルを1,2,3,・・・と数えるのが普通だと思います。月を朔を 1としてこの方法で数えると、三日月は 3番目の月、十五夜月は15番目の月ということになります。こう数えてゆけば、三日月の「三」や十五夜の「十五」という数字も大変にわかりやすい。ところが、昨日例に引いた太陰暦26に当たる9/10に昇る月は、この数え方では26番目ではなくて25番目の月ということになってしまいます。この辺りの関係をよく見てみましょう。8/30の十五夜を朔から数えて15番目の月として順に「月の数」を数えると

  15番目 (8/30 18:17~8/31 05:10 旧暦 7/15)
  16番目 (8/31 18:52~9/05 06:25 旧暦 7/16)
    (略)
  24番目 (9/08 23:43~9/09 15:07 旧暦 7/24)←旧暦日に注目
  25番目 (9/10 00:39~9/11 15:52 旧暦 7/26)←旧暦日に注目
  26番目 (9/11 01:37~9/12 16:30 旧暦 7/27)

 ()内の日付と時刻は月の出没の日時、最後が旧暦の日付です。出没時刻の計算地は京都、日付の年は西暦の2023年です。

  太陰暦の日付 = 月の名前

 と考えるとすると太陰暦の一種である旧暦の26日に昇る月はこの例では9/100:39に昇る月となりますが、この月は「昇って沈むで 1サイクル」という単純な月の数え方では25番目になってしまいます。「旧暦の日付」をごり押しすれば月の呼び名は二十四夜月の次は二十六夜月と一つ跳んでしまうことになります。これはちょっと受け入れがたいところですね。どう考えても常識はずれです。さすがにこんなことはなくて、やはり二十四夜の次は二十五夜、二十六夜と順に数えてゆきます。だとすると二十六夜月とは、旧暦日に連動した名前とではなく朔から数えて26番目の月と考えるのが良さそうです。

◇旧暦日と月名のずれの生まれる理由
 この理由は単純に考えれば、「月は一日に平均して50分程ずつ月の出が遅れる」ために起こる現象ですがもう一つは、太陽を基準とした一日と月を基準とした一日の区切りの違いにあるのかもしれません。太陽を基準とした一日は太陽の南中である正午(とその反対側の正子)を区切りとして数えますが、月を基準とする日の数え方は月の見える「夜」を数えることのようです。旧暦日も太陰暦の日付といいながら「一日」の単位は基本的には太陽に基づいた区切り方をしているため、太陰暦の日付そのものを直接月の名前に与えると今回の話のような矛盾が生じるのですが、三日月も十五夜の月も二十六夜月にしてもその月が見える「夜」を数えれば何もおかしなことは起こりません。月の名前は、朔の日から数えた日の数ではなくて朔の日から数えた夜の数。だから十五夜の月であり、二十六夜の月なのでしょう。二十六夜の月とは、いつ昇る月なんですかといった質問(月の数は26ばかりではありませんが)を時折頂くことがありますが、「夜の数を数える」と考えると悩むことはないようです。長い説明になりましたが、結論はといえば、あたりまえといえばあたりまえ過ぎる「月の名前の話」でした。


                          (「2023/08/20 号 (No.6168) 」の抜粋文)
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2020.08.18撮影
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