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今日(8/19)の夜更けの空に昇る月は【下弦の半月】です [かわうそ@暦]

◆今日(8/19)の夜更けの空に昇る月は【下弦の半月】。
下弦の月は日付が切り替わる頃に東の空に昇り、夜明け頃には、真南の空の高い場所に見つけることができます。旧暦日による呼び名では【二十二夜の月】です。

◆お月様の基礎データ
・下弦の半月の瞬間は 8/19 13時36分 (月齢は 21.4)
 ※下弦の半月とは、月と太陽の黄経の角度差が270度となる瞬間です。
・月出:8/19 22時39分 月没:8/20 13時22分 (東京での時刻)
・南中(真南に見える瞬間):8/20 5時57分 (東京での時刻)
・南中時の月と地球の中心距離は 400200 km (平均距離の 1.04倍)。

 月は平均より 15200km遠く、見かけの大きさはいつもより少し小さいです。お月様、見えるでしょうか?見えるといいですね。(「お月様のお知らせメール」の抜粋文)
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2022-08-19 [twitter投稿]



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ジニア(Zinnia)! [ヘッダー画像]

220816no38.JPG
和名:ヒャクニチソウ(百日草)
2022.08.16撮影
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「おやつ」の時間・・・不定時法の話 [かわうそ@暦]

□「おやつ」の時間・・・不定時法の話
 『午後三時、そろそろ「おやつ」の時間かな?ところで、この「おやつ」ってなんですか?』という会話を最近したことを思い出しましたので、本日の暦のこぼれ話は、この「おやつ」にかけて、不定時法の話です。

◇不思議な時刻・・・数え方の不思議
 慣れてしまって普段は不思議でも何でもないものでも、ふと何故だろうと疑問が沸くことがあります。時代劇などでよく耳にする

  九ツ、八ツ

 といった時刻の数え方も、普通に考えるとかなり不思議な数の数え方です。その不思議さの一つは、この時刻の数え方では、時が進むに従って数が減るというところです。どんな風になっているかというと、

  九ツ→八ツ→七ツ→六ツ→五ツ→四ツ・・・・

 と減って行きます。これだけでも、今の感覚からすると不思議な数え方ですが、さらに不思議なことがあります。それは四ツまで進むと、次は・・・九ツに戻るということです。先ほどの続きも書くと、こんな具合。

  九ツ→八ツ→七ツ→六ツ→五ツ→四ツ→九ツ→八ツ→七ツ→六ツ・・・

 なぜこんな不思議な数え方をしているのかというのは定かではないのですが最大の陽数(奇数)九を次々に加算して、十の位を省略して表したのではないかという説があります。

  9 → 9
  9+9=18 → 8
  9+9+9=27 → 7

 という感じです。江戸の街では、この数だけ時鐘を打って人々に時刻を知らせていたといいますから、確かに十の位以上の部分は省略してもらわないとうるさくてかないません(鐘を打つ人も大変だ)から、こうなったのかも。しかし、なぜ九を足していかないといけないのかと、その根本を問われると困ります。理由は正直、よくわかりません。根本の疑問が解けないので、謎は謎のまま。不思議ですねとしかいいようがないのでした。

◇不思議な時刻・・・昼と夜とで長さが違う
 この時刻にはもう一つ、不思議なところがあります。それは、昼と夜とで一刻(いっとき)の長さが違うと云うことです。この時刻では、現在で云えば真夜中の零時(正子)にあたる時が九ツで、正午もまた九ツになります。なるほど、午前と午後をそれぞれ六等分したんだな!と思えるのですが、実はそうではありません。前半の「九・八・七」と後半の「六・五・四」の一刻の長さが違います。時代劇などで、「明六ツ(あけむつ)」「暮六ツ(くれむつ)」という言葉を耳にしたことがありませんか?この言葉は、午前の六ツと午後の六ツを表しています。そして、この六ツが一刻の長さを分ける基準となります。明六ツは日出前、暮六ツは日没後のある瞬間です。寛政暦では、それぞれ太陽の中心の高度角が地平線下 7°21′40″に相当する角度となる瞬間と定義されています。この明六ツ~暮六ツまでを六等分して、昼の一刻とします。同じく暮六ツ~明六ツまでを六等分して夜の一刻とします。この明六ツ、暮六ツがもし、現在の時刻で午前6時、午後6時となってくれるのなら、昼の一刻も、夜の一刻も現在の時間で云えば2時間となって同じ長さになるのですが、そう上手くは行きません。試しに、今日2022/08/19の東京における明六ツ、暮六ツを計算すると

  明六ツ 午前 4時29分
  暮六ツ 午後 7時00分

 となり、昼の時間は14時間31分にもなりますが、夜の時間はといえば、たった 9時間29分にしかなりませんから、昼の一刻は、 2時間25分であるのに対して夜の一刻は 1時間35分しかありません。その差はなんと50分。随分違います。昼の一刻の方が長い分だけ、「おやつ」の時間も遅くなりそうですね。

◇不思議な時刻・・・季節によっても長さが違う
 さてさて、既に一刻の長さの基準となるのが明六ツと暮六ツと書きましたから、この一刻は季節によっても変わりそうだとお気づきのかたもいらっしゃるでしょう。そのとおりです。昼、夜の長さは季節によって変化しますから明六ツ、暮六ツを基準とするこの時刻系の一刻の長さは季節により異なってしまいます。どのくらい違うかを、冬至・春分・夏至の一刻で比較すると

  冬至 ・・・ 昼の一刻: 1時間49分  夜の一刻: 2時間11分
  春分 ・・・ 昼の一刻: 2時間12分  夜の一刻: 1時間48分
  夏至 ・・・ 昼の一刻: 2時間39分  夜の一刻: 1時間21分
  (計算結果は東京の位置でのもの)

 ということになります。昼の一刻の長さは冬至に比べて夏至では50分も長い。夏の頃の「おやつ」の時間は、冬より大分遅くなってしまいます。夏はきっと、お腹が空くんだろうな?もし、おやつの時間なんていうものを楽しむ機会があれば、本日の話を思い出して頂けるとうれしいです。

◇最後に
 こうした長さが一定しない時刻法を不定時法といいます。江戸時代の人達は、今から見ると不思議な不定時法で日常の生活を送っていたわけです。生まれたときからずっとそうなら、不思議にも思わなかったのでしょうが、いつでも一定の長さの「一時間」を単位として生活する私たちから見ると、何とも不思議な時刻法ではありませんか。なお、こうした不定時法は、江戸時代の日常の生活ではずっと使われていたものですが、暦の世界ではというと唯一の例外を除けば使われたことはありません。暦の世界での「一刻」は、今の2時間に相当し、変化することはありませんでした。唯一の例外を除けばですが。では「唯一の例外」とは何かというと、とっても残念なことに、日本で正式に使われた太陰太陽暦の最後を飾った、天保暦がそれ。民衆に迎合したのか? 暦法としては「改悪」でしょう。最後の太陰太陽暦に至って、わざわざ改悪してしまうとは。何とも残念な話です。(「2022/08/19 号 (No.5802)」の抜粋文)

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