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ガリレオ衛星と世界地図 [かわうそ@暦]

□ガリレオ衛星と世界地図
 「暦」と書いて普通は、「こよみ」と読みます。このコーナーも、「暦のこぼれ話」で「こよみのこぼればなし」と読んでいます、私は。一方、「暦」と書いて「レキ」と読む場合もあります。例えば、天体暦とか航海暦など。これで「てんたいれき」「こうかいれき」と読みます。「てんたいごよみ」と読んじゃいけないなんて誰も言いませんが、まあいきなりそう読まれたら、意味を理解するまで一呼吸分だけ余分に時間がかかることは間違いないでしょう。ここで登場させた天体暦や航海暦というものは、普通の人はまず目にすることのない暦だと思います。作る国によって、多少の違いはありますが、どちらも1年分で数百ページの、太陽や月、惑星などの位置を表す数字ばかりがぎっしりと並んだ本の形式をとっています。日本で作られるものとしては国立天文台が作る「暦象年表」があります(ただし、暦象年表はいろいろな経緯があって、他の国の作る天体暦と比べると大分ページ数の少ない本となっています)。天体暦も航海暦もどちらも一般の方が使うような暦ではないので、目にしたことがあるという方は少ないと思いますが、暦象年表に関しては、理科年表の暦部のページにあるようなデータが、もっと細かな桁まで印刷されているものと思っていただければ、イメージをつかむことが出来ると思います。

◇「The Astronomical Almanac」の中の衛星情報
 毎年刊行される、各国の天体暦の中で、おそらく世界で1番沢山出回っているだろうものは、米国と英国が共同で刊行しているThe Astronomical Almanac (以下AAと省略します)があります。ハードカバーのしっかりした作りで、600頁を越えるずっしりした本です。いざというときには武器になるかもしれません(・・・)。天体暦は基本的に数字ばかりなので、どこの国のものを見ても大差ないのですけれど、このAAで目を引く項目にSection F  NATURAL SATELLITESがあります。「天然の衛星」という項目です。ここには火星~冥王星までの衛星の位置情報や、衛星の食現象の予報などが掲載されています。日本の暦象年表には見当たらない項目です。衛星の中でも特に木星の4大衛星(発見者のガリレオの名から、ガリレオ衛星とも呼ばれます)については、毎月ごとの衛星の食現象と木星本体と衛星との相対位置関係をグラフ化した頁がありかなり重要視されていることが解ります。何のためにって感じですね。現在、木星の衛星に興味があるという方は、どれくらいいるでしょうか?この日刊☆こよみのページをお読みくださる方は、現在5300名程なのですがこれだけの数があっても、いないんじゃないかな? いらっしゃったとしても精々2桁の数くらいではないでしょうか?こんな、珍しい情報がなぜAAには載っているのかな? と思いますが、この辺は歴史と伝統のAAならではなのかもしれません。歴史と伝統ということで歴史にその理由を探ると、そこにはガリレオ衛星の予報と世界地図という、一見関係などなさそうなものとの結びつきに行き着きます。

◇ガリレオ衛星と世界地図
 コロンブスの新大陸発見(冷静に考えれば「再発見」)やマゼランによる世界一周航海によって15世紀中頃から、急速に「世界」が拡がりました。陸続きで古くから知られていた欧州とアジア以外にも、海で隔てられた大陸があり、それが一つの球体(地球)に配置されていることが解ってきたのです。世界の姿がおぼろげながらに見えてくると、誰しも思うことはもっとハッキリ見たい!ということ。ぼんやりした絵じゃなくて、しっかりした世界地図が作りたいと考える人が現れます。最初は変わり者の単なる好奇心から始まったのかもしれませんが、この好奇心の先には「実利」がぶら下がっています。正確な位置関係が解れば航海は安全に行われるようになり、貿易が盛んになり大きな利益を生み出すわけです。こうなってくると、初めは物好きの道楽みたいだった探検や世界地図作りが国の後押しで行われる大事業となりました。世界地図を作ろうとした場合、何が必要になるかというと、

  1.緯度の測定
  2.経度の測定
  3.地球の大きさの測定

 この3点です。4として地球の形状というのもありますが、地球はだいぶ後になるまで、楕円形であることが解らないくらい球に近い形でしたので、4に関しては当面無視しても問題なさそうなので、ここでは無視します。このうち、1と3は比較的容易に解決されました。2地点の緯度の差は、それぞれの地点で太陽や恒星の南中高度を測定し、その差を求めれば解ります。また、南北に並んだ2地点間で緯度の差を求め、さらにその2地点の距離を測ることが出来れば地球の外周の長さが解ります。もし、2地点間の緯度差が1°だとしたら2地点間の距離の360倍(360°)が地球の外周の長さです。この方式による緯度と地球の大きさの測定は既にギリシャ時代には行われていて、地球の外周が4万km程であることも知られていました(ただし、当時の人たちの世界観からすると、この地球は大きすぎると感じられたようで、長らくこの値は間違いで、本当は2万5千~2万9千kmくらいと信じられていたようです。測定、結構正しかったんですけどね)。こうして、1と3については、2千年以上も前には解決されていたのですが、残る2の問題、経度の測定の問題は、16世紀に入ってもまだ解決できていませんでした。この問題に立ちはだかったのは時刻の問題です。日本の明石で太陽の南中を観測し、その9時間後に英国のグリニッジでで太陽が南中を観測したとすると、明石とグリニッジの経度の差は、

  360°× (9時間 / 24時間) = 135°

 と求めることが出来ます(もちろん原理の話ね)。簡単な問題です。こんな簡単なのに、なんで昔の人はこんな簡単な問題に悩んだんだろうと思いませんか? でも、この問題は簡単には解決できなかった。なぜなら、明石とグリニッジで南中を測定した人たちは、もう一方が南中を観測した瞬間がいつなのかを知る術がないからです。今なら、明石のJさん 「よーい、テイ!。 南中しました」グリニッチのEさん 「了解。こっちはまだ夜。そのまま待ってて」(このまま約9時間の休憩)グリニッチのEさん 「よーい、テイ!。 南中しました」明石のJさん 「了解。こっちが南中してから9時間かかったね」と国際電話でやりとりすれば、お互いが観測した瞬間を正確に知ることが出来ます(ま、この方式だと、1~2秒程度の誤差は生み出しそうですが)。ですが、昔はこんなことは出来ません。16世紀でも振り子時計などの、ある程度正確な時計は存在していたのですが遠く離れた地点の時計を「合わせる」方法がなかったのです。それぞれの時計は、まちまちに時を刻んでいたというわけです。

◇ガリレオの発見
 ガリレオは風の噂で遠くのものを拡大してみることの出来る「望遠鏡」なるものの存在を知り、自分でレンズを組み合わせて望遠鏡を作りました。そして、その手製の望遠鏡を月や惑星、太陽などに向けました(太陽に関しては失明の危険がありますから、よい子は真似をしないでくださいね)。その中の一つ、木星に望遠鏡を向けたときです。明るい木星の回りに、なんだか小さな星が4つ光っていることに気がつきました。そして日を置いて観測すると、この4つの星の位置関係が変化することに気がつきました。後にガリレオ衛星と呼ばれることになった木星の四大衛星とその衛星の公転運動の発見です。観測を続けていくと、4つの衛星はいつも見えているわけでは無くて、時々3つになったり2つになったり、また4つに戻ったりすることが解りました。これは、地球の衛星である「月」が、時々月食を起こすのと同じことが木星とその衛星の間でも起こっているからです。その頃、大航海時代で覇権を争っていた欧州の大国はこぞって、正確な経度を測定する技術を求め、その技術の開発者に懸賞金を与えるといった法律を作っていたのですが、既に述べた「時計合わせ」の問題を誰も解決できずに経度測定問題は暗礁に乗り上げていました。この経度測定についての懸賞の話をガリレオも知り、思いつきました。木星の衛星の食現象を利用すれば、遠く離れた地域でも時計あわせが可能だということに。そんなわけで、ガリレオはいくつかの国にこの案を送ったのですが、選ぶ方に見る目がなかったり、実現する前にガリレオが亡くなってしまったりして残念ながら、なかなか日の目を見ることはありませんでした。ガリレオさん、残念でした。

◇ガリレオ衛星を利用した世界地図完成
 ガリレオ本人は自分のアイデアを利用することなく世を去りましたが、このアイデア自体はその死後にフランスのルイ14世の後援を受けたパリ天文台のカッシニが1679年から30年かけて作成した世界地図づくりの経度測定に採用されました。1642年に息を引き取ってしまったガリレオさんは、このカッシニの偉業を草葉の陰からたたえたでしょうか。それとも、「ああ、懸賞金ほしかったな」とつぶやいたでしょうか?

◇双眼鏡でも見えるガリレオ衛星
 最後に、木星のガリレオ衛星は明るい衛星なので倍率7~10倍程度の双眼鏡や小さな望遠鏡でも見ることが出来ます。今は夜が更ける頃に東の空から明るい木星が昇ってきます(昨日、昇ってきた木星を眺めていたので、本日思い出してこの記事を書いた次第)。大体、午後8~9時頃に昇ってきますから、皆さんも機会があれば眺めてみてくださいね。木星は一際明るい星なので、すぐにそれと解りますから。ガリレオは、この木星とその衛星の動きを見て、地動説を考えたともいわれます。あなたも(お子さんも?)、太陽系の縮図のような、木星とその衛星たちを一度ご覧になってください。

                           (「2023/09/21 号 (No.6200)」の抜粋文)
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