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夏至の日と地球の大きさ [かわうそ@暦]

□夏至の日と地球の大きさ
 「地球は丸い」この考えは、案外古くからあります。ギリシャのアリストテレス(BC384~332)は、月食の間の地球の影の端が常に円形であること、南北に旅をすると頭上の星の見え方(角度)が変わって行くことなどを、地球が丸いことの証拠としてあげています。ついでに云えば「月食の間の地球の影の端が常に円形である」ということをアリストテレスが地球が丸いことの証拠として何の説明もなくしているところを見ると、月食の時に月を隠しているものは地球の影であるということはあえて説明するまでもないことであるという証拠と見えます。少なくともギリシャの知識階級においては、常識だったのでしょう。幾何学大好きなギリシャの人々は、完全な図形は平面ならば円、立体ならば球体と考えていましたし、神が作った太陽や月は完全なものであるべき(?)であるから、その形状は球体であるはずと考えていたようですから、その延長線で考えれば、我々の住むこの大地も球体であると当然のように受け入れたのかもしれませんね。もっとも、そうだとするとその球体の反対側の人が如何して落っこちてしまわないのかという、素朴な疑問は残っていたようですが。こちらの疑問に関しては、ずっと未来に、ニュートンの視野の中で林檎が落ちるまで棚上げされてしまいました。

◇夏至の日に底の見える井戸
 アリストテレスが、地球は丸いみたいだよと言っていた頃、だったらその丸い地球ってどれくらい大きいのか測れないかなと考えた人がいました。その人の名前はエラトステネス。ある日、エラトステネス(BC275~194)は面白い話を耳にしました。それは、毎年夏至の日にだけ井戸の底に陽が当たる深い井戸がシェナの町にあるという話。シェナの町は現在のエジプトのアスワン付近にあった町だとか。エジプトのアスワンといっても「アスワンダムの建設」という話を地理の時間に教わった(あれ、世界史だったか?)ことがあったなと言うくらいしか記憶がないのですけど。さて、このシェナの町には大変深い井戸が有り、あんまり井戸が深いので普段はその底まで陽が射すことがないのです。しかし、一年に一度だけその深い井戸の底まで陽が差し込む日があります。それが夏至の日。この日は、太陽はシェナの町の真上を通過するため、深い井戸の底にも陽が差し込むのです。これを聞いてエラトステネスは地球の大きさの測り方を思いつきました。だったら夏至の日に別の場所で太陽の南中高度を測り、その場所とシェナの町の間の距離をはかれば、地球の大きさを測ることが出来るはずだ!

◇エラトステネスの求めた地球の大きさ
 エラトステネスは夏至の日にアレキサンドリアにおいて太陽の南中高度をはかりました。計り方は棒を立ててその影の長さを測り、棒の長さと影の長さの比率から。得られた結果は、円周の1/50の角度、7.2°でした。当時シェナの町とアレキサンドリアの町の距離は5000スタジア。1スタジアは158mほどだったようなので、二つの町の距離は790kmほど。そして地球の全周はこの50倍。ということは地球の全周は 39,500kmとなります。実際はどうかというと、その数値は40,000km。す、すごい精度!と言いたいところですが、これはある意味偶然の産物です。エラトステネスはシェナの町がアレキサンドリアの真南にあると思っていたようですが実際には経度で3°ほどずれています。また、シェナのは正確には北回帰線(夏至の日に太陽が真上を通過する緯度の線)上にもない。たまたま、こうした思い違いや測定誤差などがよい方向(?)に働いた結果だったのです。もっとも数値に問題があったとしても、2200年以上も前に地球の大きさを測る方法を考え、それを実行したという偉業の価値は変わりません。すごいですね~。

◇エラトステネスにまつわる四方山話
 エラトステネスは、当時世界最大の図書館であったアレキサンドリア図書館の館長を務めた博学の学者。地理学、年代学、文学、数学、天文学・・・とそのカバーする範囲は広く、そのどの分野でも成果を上げた、万能の学者でした。ただし、何でも出来たけれどエラトステネスは何でも二番目の学者と呼ばれたのだとか。「ベータ(β)」というあだ名もあったとか。βはもちろんギリシャアルファベットの「二番目」ですよね・・・二番目じゃダメなんですか?そんな今では懐かしく思い出される迷言がありましたが、いいんです、二番目でもね。ちなみに月には、彼の名を取った「エラトステネス」というクレーターがあります。直径58kmのはっきりとした中央山をもった美しいクレーターです。(「2021/06/21 号 (No.5378) 」の抜粋文)

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2021-06-21 [twitter投稿]



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