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2022-11-05 [twitter投稿]



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大小板 [かわうそ@暦]

□大小板
 「今月は大の月か、小の月か?」それを分かりやすく示すために使われた「大小板」について本日は採り上げてみることにします。大の月は「1,3,5,7,8,10,12」、小の月は「2,4,6,9,11」。そんなのすらすら出てくるじゃない・・・と、こよみのページを作っている者にとっては当たり前のこと。「こよみのページ」なんて作っている変な奴でないとしても、「ニシムクサムライ、小の月」の言葉を思い出せばすぐに分かるのに、何で大小板なんて物が必要なんだ? と、新暦になれた私たちなら考えてしまうでしょうが、旧暦時代ではそうも行かなかったので考え出されたのが大小板です。

◇月(暦月)の大小
 まず、そもそも月の大小がなぜあるかという話です。太陰暦、あるいはその修正版である太陰太陽暦は月の満ち欠けの周期(これを「朔望月」といい、平均するとすると約 29.53日。ちなみに、平均した朔望月は、もちろん「平均朔望月」と呼ばれます)を使って暦の上の月、暦月を区切る暦です。暦月を朔望月で区切るといっても、その長さは29日とか30日と云う具合にぴったり整数の日数になってくれませんので、その端数(少数)部分の扱いが問題になります。だって、「今日の午前10時25分までは、10月29日で、その後は11月 1日になる」なんて、一日の途中で暦月や日付が変わってしまうような暦では、使いにくくてたまりませんので、そういうことが起こらないように、暦月の日数をうまく整数に納める工夫が必要になります。その工夫として考え出されたのが月の大小です。月の満ち欠けの周期は平均すると約 29.53日。どうせ「約」をつけるなら、もう一息省略して「約29.5日」と考えれば、暦月の日数を29日と30日として、これを交互に並べれば平均して29.5日という周期をうまくあらわすことが出来ます。もちろん、一つ一つの暦月を見れば日数が朔望月より短い月と長い月が出来てしまうのですが、その差はわずかです。それに29日と30日の暦月を交互に並べればよいだけなので仕組みは至って簡単。このようなわけで、暦月には29日の小の月と30日の大の月が生まれました。

◇大小板
 さて、先の話のままならば話は単純明快だったのですが、この単純明快な話に水を差す問題があります。一つは、平均朔望月の日数は29.5日ではなくて、29.53058・・・日だということ。もう一つは、平均朔望月はどこまで行っても所詮は「平均」の値であって、一つ一つの朔望月の日数は変動する(とはいえ、29~30日の間には収まる)と云うことです。「まあ、1日くらいの差ならいいんじゃない?」と、思ってしまう私のようなずぼらな人間ばかりならよかった(?)のですが、それでは我慢できない人、あるいは我慢できない事情を抱えた人がいて出来る限り、現実の月の朔望と暦月を一致させようと考えるようになりました。そうした人達の努力の結果が、精密な太陰暦、太陰太陽暦として結実しました。大変精密な太陰暦、太陰太陽暦が出来たのは「目出度い」ことと云えるかもしれませんが、手放しで目出度いとは云えない問題も生み出してしまいました。それは、「何月が小の月で、何月が大の月なのか難しい計算をいっぱいしないとわからない」というものです。

  A氏:あれ? 来月って大の月だっけ、小の月だっけ?
  B氏:よし、計算して教えてやるから、ちょっと待ってくれ。

   (・・・B氏は計算を始め、A氏は「ちょっと」待つ・・・)

  B氏:この間の質問の答だけど、分かったよう。大の月だ!
  A氏:この間の質問て、あの先々月に尋ねた話か?
     あのとき尋ねた「来月」はもう先月になっちゃったよ。
     確かに「先月」は大の月だったけどね。

 何てことになる。ここでは答は正解だったことにしましたけど、こんなに計算したあげく、計算間違いで不正解だったら目も当てられない悲劇です。こんなのは、極端な例だろうと思われるかもしれないのですが、そうでもありません。日本で太陰太陽暦(いわゆる旧暦という暦)が使われていた時代は、来年の暦が発行されるまでは、一般の人々は本当に来年の正月が大の月なのか、小の月なのかも分からなかったのです。その上、月の大小の並びは毎年変化するので、うっかりすると「あ、大の月だと思って、まだ1日あるとノンビリ構えていたら月が変わっちゃった・・・」なんていうミスを犯してしまいます。江戸時代は、出入りの商人への払いは、いつもニコニコ現金払いではなくて月末一括払いが当たり前という商習慣があったので「大の月と小の月を間違える」のは、笑い話では済まない。で生まれたのが「大小板」という道具。この道具、町中の商家の店の軒先などに吊られたもので、「大」と「小」という文字が表と裏にそれぞれ書かれていたり、うまくデザインして、取り付ける角度によって「大」と読めるときと「小」と読めるときがあるようにしたり、いろいろ工夫(楽しんでる?)した板でした。道行く人たちは、この大小板の文字を見て「今月は大の月だ」「小の月だ」と確認出来たわけでした。商人達もこれで確認して、間違いなくその月の末日である晦日には、確実に集金してまわることが出来たのでした。月の大小を間違えることなど無くなった現在は、大小板の存在意義は無くなり、街角からはその姿が消えてしまいました。

◇太陽暦と「暦月」
 太陽暦は、太陽の位置によって一年という周期を求め、これにもとづいて組み立てられた暦です。生活する上で、1年という周期は長いので、もう少し短い期間を暦の上に示したいという考えは分かりますが、その場合の1年の分割数は10でも、20でもよかったはずです。しかしそうはならずに1年を12に分割していること、その分割した「月」に30日と31日という「大小」があること( 2月は例外的に、28or29日ですが)を見ると、現在の太陽暦も、その生まれたばかりの時代には太陰暦だったことの名残なんだろうなと考えられますね。ついでに、月の朔望の周期を 1/4(新月・上弦半月・満月・下弦半月)にさらに細分すると、その日数は約7.38日。あれ、 7日って・・・。現在の暦にも太陰暦の痕跡は至る所に残っています。

                          (「2022/11/05 号 (No.5880)」の抜粋文)
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