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明日(1/8)の明け方の東の空に昇る月は【二十六夜の月】です [かわうそ@暦]

◆明日(1/8)の明け方の東の空に昇る月は【二十六夜の月】。
明け方の空に見える月であることから「有明の月」、古代の美人画の眉のように細い月であることから「眉月」とも呼ばれます。この月の後は新月の時期となり、しばらく月はその姿を隠します。

◆お月様の基礎データ
・月齢: 25.1 (1/7 の正午の値)
・月出:1/8 3時28分 月没:1/8 13時20分 (東京での時刻)
・南中(真南に見える瞬間):1/8 8時27分 (東京での時刻)
・南中時の月と地球の中心距離は 382300 km (平均距離の 0.99倍)。

 月は平均距離付近にあり、見かけの大きさも平均的です。お月様、見えるでしょうか?見えるといいですね。(「お月様のお知らせメール」の抜粋文)
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七日正月と六日年越し [かわうそ@暦]

□七日正月と六日年越し
 まだ朝食(七種粥)を頂いていない、空腹のカワウソです。まずは、日刊☆こよみのページを発行しないと。七種粥はその後で。こんな訳で、これから食べる予定の七種粥ですが、いろいろ続くお正月の行事も七種粥を食べると一段落。ああ、正月も終わりかという気分になります。正月七日は、何か一つ山を越えた感じのする日です。

◇七日正月と六日年越し
 七日は七日正月(なぬかしょうがつ)と呼ばれることがあります。七日が正月なら六日は大晦日?そうした考えがあったことを示すように「六日年取り」「六日年越し」という言葉があります。七日の朝には、七草粥を食べて一年の無病息災を願います。この七草粥はその前日、六日の夜から七草囃子(ななくさばやし)を歌いながら準備するものだとされています(現実には、なかなかそこまで出来ない現代ですが)。こうして七日の朝に七草粥を食べるという行事を最後としてひとまず正月行事は終了します。七日の朝を過ぎると元日から続いた大正月の行事は一段落して、家は年神様の座所としての神聖な場所から日常の生活空間へと戻っていきます。

※ちょっと補足
 七日の朝には正月の間、家に留まった歳神の依り代となっていた松を取りかたづけました。七日は松が片付けられることから「松がとれる」といい、元日から松がとれるまでの間を「松の内」といいました。

◇繰り返される年越しの意味
 六日夜から七日朝まで、則ち六日年越しから七日正月までの行事は、大晦日から元日にかけての行事を二重写ししたもののように見えてきます。なぜ、こんな二重の行事があるのでしょうか。これについては確たる根拠は無いのですが、神様と人間、それぞれの年取りを分けたものなのではないかと私は考えています(どうでしょう?)。大晦日から元日にかけての年越しは、新しい力を運んで来る年神様を迎える神のための年越しであり、この日から松の内の間、年神様は家々に留まり、新しい生命力を人々にもたらします(これがいわゆる「お年玉」の本義。お年玉の玉は、「魂」「霊」でどちらも「たま」と読む)。ここで見られる年取りは、年神という神の年越しであり、六日年取り、七日正月は神の年越し行事であった神聖な松の内の期間を終えて、日常の時間、つまり人間の時間へもどる人間にとっての年取りとして用意されたものではないでしょうか。既に書いたとおり確たる根拠は無い話ですが、この考えどおりであれば今朝からはもう人間の時間。いつまでも正月気分に浮かれていないで、人間のお勤めを果たして行かなければなりませんね。

※といいながら、本業の方も1/4に仕事始めとなりましたし、日刊☆こよみのページ発行を「仕事」と捉えたら、元日から働いている。とっくに正月気分は抜けているかな?

                          (「2024/01/07 号 (No.6308) 」の抜粋文)
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