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2019-06-06 [twitter投稿]



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テマリカンボク(手毬肝木) ! [ヘッダー画像]

190601no185.JPG
北海道大学植物園
撮影日:2019.06.01
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ユリウス通日 [かわうそ@暦]

■ユリウス通日
 この日刊☆こよみのページの「今日の暦」の欄に西暦 2019年 6月 6日 [月の] 第2週 第1木曜ユリウス通日 2458640.5 (日本時 9時の値)という表示があります。この箇所を見て「『ユリウス通日』ってなんですか?」という質問をされたので、本日の話はこの「ユリウス通日」の話を簡単に書いてみることにしました。

◇ユリウス通日ってなののために作られた?
 まずは、「ユリウス通日」の出生の話からです。暦には「改暦」というものがあります。暦が天体の運行や、人間の社会生活との間にズレが生じてくると暦を改める単に、カレンダーの日付や曜日をいじるというのでは無くて、暦の計算方式そのものを改めるのが「改暦」です。改暦によって一般的には暦はより正確になるわけです(例外もあります)。しかし、こうした改暦などがあると、過去の古い時代の出来事などをたどる場合に不便なことがあります。たとえば、現在私たちが日常に使用しているグレゴリオ暦はその前に使われていたユリウス暦からの改暦によって西暦(グレゴリオ暦最初の日付) 1582年10月15日から始まっています。では、グレゴリウス暦の始まった日の前日、つまりユリウス暦最後の日は何年何日かというと、(ユリウス暦最後の日付)1582年10月 4日 ※改暦時期は国や地域によって異なっています。この例はローマ周辺での話と思ってお読みください。ユリウス暦最後の日の翌日がグレゴリオ暦の最初の日なのですから、両者は1日違いのはずなのですが、日付だけ見ると11日の違いがあるように見えます。暦が変わったのですから仕方がないのですが、日付だけではわかりません。出来事が起こった年月日が記載されていても、その年月日がどんな暦による年月日かまで考えないと正確な前後関係はわかりません。そこで考え出されたのが本日取り上げたユリウス通日です。ユリウス通日は改暦などの混乱を避けるために改暦等とは無関係に、ある基点から数えた日数で出来事を表そうとスカリージェ(Josephus Scaliger)が1583年(注1)に考案したものです。ちなみにこれを考えるきっかけはユリウス暦からグレゴリウス暦への改暦による混乱の回避でした。ユリウス通日で、前述のユリウス暦最後の日とグレゴリオ暦最初の日を表すと、

  2299159.5日 (ユリウス暦最後の日)
  2299160.5日 (グレゴリオ暦最初の日)

 となって、両者が1日違いであることが誰の目にも明らかです。

◇基点となる日はいつか?
 今日の値は 2458640.5 ですからその基点は何時かというと大体、

  2458640.5(日) / 365.2422(日/年) = 6731.5 (年)

 随分昔ですね。この基点はユリウス暦で数えた BC4713/1/1グリニッジ正午です。基点となったBC4713/1/1 は何があった日なのかというと・・・実は何もありません。暦にはいくつかよく使われる周期があるのですが、スカリージェはその内の3つの周期

  太陽章 (28年。ユリウス暦において1年の曜日が同じ配列に戻る周期)
  太陰章 (19年。太陽年と平均朔望月周期が一致する周期。メトン周期)
  インディクティオ (15年。Indictio。古代ローマの行政上の周期)

 の始まりが一致する年として考えられました。上記3つは7980年毎に一致します。スカリージェが考えた時、その最初の一致年がBC4713年だったのです。更に7980年遡ってもいいのですが、BC4713まで遡れば、歴史上の出来事を記述するのにほとんど問題にはなりませんので、それより前には遡られませんでした。

◇なぜ、端数「0.5」が付くのか
 昔々のヨーロッパでは正式な日付は正午に変更されるという慣習がありましたので、計算基点に「グリニッジ正午」の文字が残りました。現在は日付の変更は正子(0時)に行われるようになりましたので、その日の始めのユリウス通日はというと、この端数「0.5」 が付くのです。(正午の日付変更の慣習は天文の世界には最近まで残っており、1925年に廃止されるまで、天文日という日付は、グリニッジ正午に変わる事になっていました)

◇ユリウス通日とユリウス暦・・・二つの「ユリウス」の関係
 ユリウス暦の「ユリウス」はその改暦を命じたユリウス・カエサル(シーザー)の名を記念したものですが、ユリウス通日のユリウスとはこれとは無関係。スカリージェの父親が「ユリウス」だったので、父の名をとってつけたもの。たまたまユリウス暦とよく似た名前となってしまったため、二つを混同してしまっている人がいたり、同一の人(ユリウス・シーザー)に由来するものと誤解する人がいたりします(迷惑な話です)。まあ、そんな誤解があるから、それを話の種にして、暦のこぼれ話が書けるわけですから、迷惑とばかりは言えないのかな?

(注1)スカリージェがユリウス通日を考案した年を当初は
 『こよみ』 (東京大学公開講座70 東京大学出版会刊)『時と暦』 (UP選書 青木信仰著)
 などに記載された1629年としておりましたがスカリージェの没年は1609年でり、矛盾しているとのご指摘があり、調べ直して『Calendrical Calculations』 (Reingold&Dershowitz 著)の説明にあった1583年に修正しました。スカリージェがユリウス通日を考案した切っ掛けがユリウス暦からグレゴリオ暦への改暦での歴史上の年月日の混乱を防ぐためということを考えると、改暦の行われた1582年の翌年の年に考案されたという説明は納得できるものだと考えています。(「2019/06/06 号 (No.4632) 」の抜粋文)

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