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二つの西行忌 [かわうそ@暦]

□二つの西行忌
 今日2/16は桜と旅の歌人として知られる僧、西行の忌日。西行忌です。西行が亡くなった日付は文治六年二月十六日であったことから、西行忌とされています。ところで、昨日2/15も「西行忌」となっていたような?これは何かの間違いでしょうか。

 【忌日】(きにち)
  1.その人の死亡した日と日付の同じ日で、毎年または毎月回向(えこう)などする日。
   命日。きじつ。
  2.人の死後七日七日(なぬかなぬか)に当たる日。
   《広辞苑・第六版》

 忌日を辞書で意味を調べると、このような意味になります。この意味からすると、西行の亡くなった文治六年二月十六日と同じ日付である2/16、つまり今日が西行の忌日ということになります。では、昨日の2/15の西行忌は間違いか。毎日毎日、山のような(←一応、誇張しています)隅掘り隊報告によって、誤字脱字の指摘のあるかわうその書くものですから、間違っているのかも。そう思われても仕方がないですが、2/15の西行忌の件に関しては慌て者のかわうその間違いというわけではありません。

◇2/15は西行の願った日
 西行の有名な歌

  願はくは花の下にて春死なむ そのきさらぎの望月の頃

 によれば、西行は「出来ることなら、きさらぎ(如月・二月)の望月の頃(十五夜の頃・太陰暦の15日頃)に桜の下で死んでゆきたい」と願ったことがわかります。実際の命日が2/16ですから、西行の願いはほぼ適ったといえます。惜しむらくは15日ではなく 1日違いの16日であったこと。わずか 1日の違いであれば、西行を偲ぶ日である西行忌は西行の願いのとおり2/15としてもよいではないか。こうした考えから、実際の命日とは異なるもう一つの西行忌ができました。

◇2/15を西行が願ったわけ
 桜を愛した西行が、「願はくは花の下にて春死なむ・・・」と歌ったことから、2/15という日付は愛する桜の花とそれを照らす月明かりのある日をあらわしたものとだけとらえられがちですが、2/15という日をその人生最後の日として願ったのはそれだけの理由ではありません。忘れてはいけないのは西行が仏僧であったということです。2/15の記念日には西行忌と並んで、涅槃会という文字が見えます。涅槃会とは釈迦が入滅したと考えられる日付をあらわしています。仏僧として生きた西行が死の日付を選べるとしたら、釈迦入滅の日を選びたいというのはしごく当然と云えるでしょう。大好きな桜の花の咲く季節で、その桜の花を照らす月明かりがある頃と云うことであれば十五夜の日であっても、翌日の十六夜の日であってもよいでしょうけれど、さらに涅槃会という日を考えると、2/15を西行忌として西行を偲ぶ日にしてよいのではないかと考えた人の考えも理解できます。

◇西行忌はいつ?
 西行の命日は2/16。忌日が命日というのであれば2/16と云うことが正解ということになるでしょうが、では2/15は間違いだと云えるでしょうか?忌日が亡き人を思い出し、偲ぶための日であるなら、命日だけが正しいとは云えないでしょう。 西行が願った西行らしい日を忌日と考えるのもまた正解だと思います。桜の咲く頃の満月の日はいつも西行の忌日なのかもしれません。忌日が複数出来てしまったということは、それだけ多くの人がそれぞれに西行を偲んだことの現れだとも考えられます。どれが正解ではなく、それぞれがそれぞれの日に西行のこと、桜のこと、月のこと、釈迦のことを考える日とする。忌日や記念日なんてそんなものなのかもしれませんね。

                           (「2024/02/16 号 (No.6348)」の抜粋文)
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