2020-08-08 [twitter投稿]
hippocampus460ヌスビトハギ - 絵画風 https://t.co/2QvfkOrgUD @hippocampus460より08/07 17:08 hippocampus460『KAGAYA (@KAGAYA_11949)』hippo@home|https://t.co/Nt1r9mNLxw08/07 21:50 hippocampus460おはようございます!6時起床、天気 /欠けていく凸月(6時19分、輝面比85%)視認できず。今日は寝待月、月齢18.2。月の入:9時32分、月の出:21時59分です(北九州) /今朝の空は雲量の割合が高く、霞んでいます。PM2… https://t.co/KPnWgmz8sb08/08 06:27 hippocampus460『「戦場に輝くベガ」と高度方位暦』hippo@home|https://t.co/52140FUr9R08/08 13:50 hippocampus460『フクシア(ホクシャ)!』hippo@home|https://t.co/wmPZxv2bdj08/08 16:15 hippocampus460日中、良い天気に恵まれるが蒸し暑かった!PM2.5のレベルは6(17→6)、AQI:良い/午前中、菜園作業。干しネギを植える畝を耕し、土を解す。植え付けをする準備です。その後、ダイコン、カブを植える畝、表面の雑草を取り除く。午後、… https://t.co/uQusrOv3h208/08 16:37
「戦場に輝くベガ」と高度方位暦 [かわうそ@暦]
■「戦場に輝くベガ」と高度方位暦
本日は(も?)、こよみのページと直接関係の無い話で恐縮ですが、とある事情で「戦場に輝くベガ」というタイトルで話を書かせていただきます。2006年に山梨県立科学館のプラネタリウムで、「戦場に輝くベガ・約束の星を見上げて」というタイトルのプラネタリウム番組として作られたものです。その後、書籍化もされたものです。『2006年の夏、山梨県立科学館のプラネタリウム番組「戦場に輝くベガ・約束の星を見上げて」が公開されていることを新聞で知り、「星が武器となった」という内容の意外性に興味を持ち、早々出かけました。この物語は、太平洋戦争中の秘話を綿密な取材の下に制作された感動的なものでした。』(一兎社刊「戦に輝くベガ」P215 鈴木一美 あとがきより抜粋)
物語の内容については、私が書くよりこのあとがきの方がわかりやすいと思いましたので引用させていただきました。私はプラネタリウムで上映されたこの番組を見たことがなかったのですが、知人から2020/8/1~15の期間限定で Youtubeで公開されているよと教えてもらって、遅ればせながらこの夏やっと、この番組を見ることが出来ました。苦節十数年・・・て、そんな努力はしてませんでしたけど。冒頭で書いた「とある事情」というのは、この期間限定公開というところ。今日は8/8ですので、残り1週間ですね。「戦場に輝くベガ」(平面版)http://ur2.link/W3SAこのURL でご覧になれます。番組は全体で27分ほど。興味のある方はご覧ください。
◇高度方位暦
この「戦場に輝くベガ」の中に「高度方位暦」という暦が結構重要な役割をはたす小道具として登場します。これは暦は暦でも、位置を測定するための暦。先日(8/2)のこのコーナーで書いた「位置を測るための暦と秋吉利雄氏のこと」とも密接に関係する暦です。一般には、天体を使って観測者の位置を決定する天文測位には結構面倒な計算が必要なのですが、高度方位暦はそうした面倒な計算を省いて、簡便に位置を求めるために工夫された暦です。ある意味、究極の天文測位暦かも?中身は、明るい恒星や惑星の毎日20分おきの高度角、方位角がびっしきり書き込まれた暦で、この利用法の簡便さから戦時中はもっぱら航空機が位置を求めるために使用されました。ただ、使用する側には簡便でもこの暦を作るためには沢山の計算をしなくてはいけないので、作る方は大変。電子計算機など無い時代でしたので、この大変な計算の多くを担ったのは、勤労動員で集められた女学生でした。皆さん、紙と鉛筆、数表にソロバンでがんばったんでしょうね。頭が下がります(現代がコンピュータのある時代でよかった)。この高度方位暦ですが、航空機の基地がある場所と、主な目標地点毎に作る必要があるのですが、戦争が進むに従って、段々と計算地点の数が減ってゆき、次第に日本本土や本土に近い島だけになってきました。それを見るだけで、戦局がどのようなものだったかは、計算のために動員された女学生にもおよその想像はついたことでしょうね。
◇戦後の高度方位暦
もっぱら、戦時の航空機に位置測定のために作られた高度方位暦ですが、原理的にはこれを使ってどこでも(計算地点から遠くなると誤差が増大しますけれど)位置を求めることが出来ますから、戦争が終わってからも、多少形式を変えて、作り続けられました。しかし、GPS衛星などを使った衛星航法によって一瞬で位置が判るような時代になって、今ではその役割を終えて姿を消してしまいました。私が知る限りでは最後に残った「高度方位暦」は日本の本土からだいぶ離れた場所で使われています。その最後の高度方位暦が使われている場所とは?なんと南極。昭和基地周辺で使うためのもの。ただし計算している天体は太陽のみですが。まさか南極用に生き残っているとは。戦時中これを使っていた人も、これを作っていた人も、想像もしなかったでしょうね。残念なことは、この最後に生き残った南極用の高度方位暦も、もうすぐ無くなってしまうのですけれど(個人で作るか?)。
◇いろいろ余談
今週の水曜日のことでした、偶然ですが8/2にこのコーナーで採り上げた秋吉氏が海軍水路部第一、第二部長を兼務していた時代の実物の高度方位暦を見る機会がありました。水路部内で決済用に用いられた原備品だったらしく秋吉氏の決済印が押印された紙が貼り付けられていました。そして昨日、知人から「戦場に輝くベガ」のYoutube期間限定公開の情報。これは高度方位暦の話を書けという、神様の思し召しですよね?あ、「高度方位暦」の系譜に連なる最後の南極の高度方位暦がなくなるっていうのも、この思し召しの一つなのかな?そんなことを考えながら書いた、本日の暦のこぼれ話でした。(「2020/08/08 号 (No.5061) 」の抜粋文)
本日は(も?)、こよみのページと直接関係の無い話で恐縮ですが、とある事情で「戦場に輝くベガ」というタイトルで話を書かせていただきます。2006年に山梨県立科学館のプラネタリウムで、「戦場に輝くベガ・約束の星を見上げて」というタイトルのプラネタリウム番組として作られたものです。その後、書籍化もされたものです。『2006年の夏、山梨県立科学館のプラネタリウム番組「戦場に輝くベガ・約束の星を見上げて」が公開されていることを新聞で知り、「星が武器となった」という内容の意外性に興味を持ち、早々出かけました。この物語は、太平洋戦争中の秘話を綿密な取材の下に制作された感動的なものでした。』(一兎社刊「戦に輝くベガ」P215 鈴木一美 あとがきより抜粋)
物語の内容については、私が書くよりこのあとがきの方がわかりやすいと思いましたので引用させていただきました。私はプラネタリウムで上映されたこの番組を見たことがなかったのですが、知人から2020/8/1~15の期間限定で Youtubeで公開されているよと教えてもらって、遅ればせながらこの夏やっと、この番組を見ることが出来ました。苦節十数年・・・て、そんな努力はしてませんでしたけど。冒頭で書いた「とある事情」というのは、この期間限定公開というところ。今日は8/8ですので、残り1週間ですね。「戦場に輝くベガ」(平面版)http://ur2.link/W3SAこのURL でご覧になれます。番組は全体で27分ほど。興味のある方はご覧ください。
◇高度方位暦
この「戦場に輝くベガ」の中に「高度方位暦」という暦が結構重要な役割をはたす小道具として登場します。これは暦は暦でも、位置を測定するための暦。先日(8/2)のこのコーナーで書いた「位置を測るための暦と秋吉利雄氏のこと」とも密接に関係する暦です。一般には、天体を使って観測者の位置を決定する天文測位には結構面倒な計算が必要なのですが、高度方位暦はそうした面倒な計算を省いて、簡便に位置を求めるために工夫された暦です。ある意味、究極の天文測位暦かも?中身は、明るい恒星や惑星の毎日20分おきの高度角、方位角がびっしきり書き込まれた暦で、この利用法の簡便さから戦時中はもっぱら航空機が位置を求めるために使用されました。ただ、使用する側には簡便でもこの暦を作るためには沢山の計算をしなくてはいけないので、作る方は大変。電子計算機など無い時代でしたので、この大変な計算の多くを担ったのは、勤労動員で集められた女学生でした。皆さん、紙と鉛筆、数表にソロバンでがんばったんでしょうね。頭が下がります(現代がコンピュータのある時代でよかった)。この高度方位暦ですが、航空機の基地がある場所と、主な目標地点毎に作る必要があるのですが、戦争が進むに従って、段々と計算地点の数が減ってゆき、次第に日本本土や本土に近い島だけになってきました。それを見るだけで、戦局がどのようなものだったかは、計算のために動員された女学生にもおよその想像はついたことでしょうね。
◇戦後の高度方位暦
もっぱら、戦時の航空機に位置測定のために作られた高度方位暦ですが、原理的にはこれを使ってどこでも(計算地点から遠くなると誤差が増大しますけれど)位置を求めることが出来ますから、戦争が終わってからも、多少形式を変えて、作り続けられました。しかし、GPS衛星などを使った衛星航法によって一瞬で位置が判るような時代になって、今ではその役割を終えて姿を消してしまいました。私が知る限りでは最後に残った「高度方位暦」は日本の本土からだいぶ離れた場所で使われています。その最後の高度方位暦が使われている場所とは?なんと南極。昭和基地周辺で使うためのもの。ただし計算している天体は太陽のみですが。まさか南極用に生き残っているとは。戦時中これを使っていた人も、これを作っていた人も、想像もしなかったでしょうね。残念なことは、この最後に生き残った南極用の高度方位暦も、もうすぐ無くなってしまうのですけれど(個人で作るか?)。
◇いろいろ余談
今週の水曜日のことでした、偶然ですが8/2にこのコーナーで採り上げた秋吉氏が海軍水路部第一、第二部長を兼務していた時代の実物の高度方位暦を見る機会がありました。水路部内で決済用に用いられた原備品だったらしく秋吉氏の決済印が押印された紙が貼り付けられていました。そして昨日、知人から「戦場に輝くベガ」のYoutube期間限定公開の情報。これは高度方位暦の話を書けという、神様の思し召しですよね?あ、「高度方位暦」の系譜に連なる最後の南極の高度方位暦がなくなるっていうのも、この思し召しの一つなのかな?そんなことを考えながら書いた、本日の暦のこぼれ話でした。(「2020/08/08 号 (No.5061) 」の抜粋文)